四進法
恥ずかしながら、最近まで江戸時代の貨幣制度は四進法であることを知らなかった。
授業で習った「金座・銀座」についても、そこで金貨、銀貨が作られたのだが、
金貨は枚数で数えるが銀貨は重さで価値を判断したことなど全く知らなかった。
今回、古文書の解読文でお世話になった高橋先生が浜自治会所有の資料を使ったブログを書かれていたことを思い出し、
その内容を読み直してみた。
古文書は次の通りである。

先生の引用されたのは前半のところで、解読文と先生の解説は下のとおりである。

ただ、気になるのは最初の銭五百二十三文が永五十二文四分となっているのに
後の八百七十文を永八十七文としてよいのか。また、二百七十三文を永二十七文三分としてよいのか。
金貨は永(楽銭)で計算できるとして、端数を銭で計算するとき永(楽銭)の残額をそれに合わせるのが便利だとして
「計算単位」として残っているのなら、ここで交換比率を現在のように使うのなら、そろばんで掛け算を駆使したということなのか?
そこで端数は四捨五入といった計算をしたのか?
最初の銭523文と永(楽銭)52.4文が正しいとして交換比率を出すと0.1002となる。
こんな桁まで計算したと思えない。では0.1とすれば銭870文は永(楽銭)87.0、銭273文は永(楽銭)27.3文で、
最初の銭523文も永(楽銭)52.3文となり最初からおかしいことになる。
他の永(楽銭)の例を知らないので推測だが、この古文書を作成した人物の計算ミスか、早く収めた場合の割引があった
なども考えられるのでは。
残っている古文書などには名前の間違いなどいくらでも見られる。
チェックする人がいなければ、このように後世で悩ます結果がでてもしかたがないことかもしれない。